管理人tikoについて(ゴゴゴ・・)

はじめまして、tikoと申します。

当ブログにお越し下さり、ありがとうございます。

本日のあなたとの出会いに、感謝いたします。

引用元:ジョジョの奇妙な冒険STEELBALLRUN 「男の世界 その②」より

このページでは、私の自己紹介と、私がこのブログを開設した目的についてご説明したいと思います。

管理人tikoの基本データ

性別:男の世界

年齢:30歳

住んでいるところ:京都

家族構成:妻、娘との3人家族

職業:サラリーマン

このブログを始めるまでの私の道すじ①(社会人:最初の4年間)

このブログを始めるに至った経緯について書いていきます。

大学卒業までの人生については、おいおい追加したいと考えていますが、まずは現在の状況と関連の深い、社会人となってからについて書いていきたいと思います。

大学卒業、大阪で働く社会人へ。最初の上司との出会い

私は24歳で、一般的に名の知らない人はいない、世間的にいう「大企業」に新卒で入社します。

肩書は総合職。主な勤務地は、全国に点在している事業所。

最初の辞令で、縁もゆかりもない大阪の事業所に配属されて、新入社員時代を過ごします。

大阪の事業所では、上司が昔ながらのたたき上げの方で、非常にもまれました。ほんとうに毎日、怒られていたと思います。多い時は日に3回くらい。

「プロゴルファー猿」の、猿谷 猿丸に似ているので、猿丸さんと呼びます。(プロゴルファー猿、藤子不二雄Aファンの方には大変申し訳ありませんが、他意はありませんので、あしからず・・・)

書類の文章の書き方、会話で気をつけるべきポイント、仕事の進め方・・など。色々なことを教わりましたね。

当時は嫌で仕方がありませんでした。猿丸さんは「怒る」と「叱る」の区別が出来ない方で、言っていることは概ね正しいのですが、感情が高ぶってくるとそちらが先行し、顔を真赤にしてまくしたて、冷静に会話できなくなるのです。

怒られている最中に意見をして、終わりかけていた指導時間がまた倍になったこともありました。

今となっては、自分自身にも問題があったと分かりますし、それを正してくれようとしていたことに対しては、素直にありがたかったなと思います。

ただ、そんな「良かった点」を理解できたからこそ、やはり理不尽な部分も多々あったと思います。理不尽に感じていた猿丸さんのお説教は、あとになって冷静に思い返してみても、やはり理不尽でした。

そして現在勤務中の、京都の事業所に転勤します。

京都へ転勤。ビッグプロジェクトの経験、燃えた社会人生活。

京都の事業所では、弱冠入社3年目にして、総投資額10億円のビッグプロジェクトの事業所担当に任命されました。

3年目ですよ。社会人にようやく毛が生えたくらいの。そんなひよっ子が、10億のプロジェクトのリーダーです。

事業所担当だけでなく、本社の担当もつくのですが、事業所で数十の業者さんをとりまとめ、社内に説明をし、総予算10億の注文を切るのは私でした。注文書の切り方、契約の内容も全然分かっていないのに、です。

うちの会社は、歴史は長いのに、こうしたよくわからない投資のしかたをするのです。

一説には、新人のドラスティックな実践教育のためだとか・・・限りある経営資源を投入するなら、博打するにしても、もっと確実で実入りの良いやり方があるように思います。

ともあれ、そんな大役を任されて、心が躍らなかったかと言えば嘘になります。

心身を奮い立たせ、何もわからないままにがむしゃらに努力しました。朝6時半から日が変わるまで会社で仕事をし、家に帰れば倒れ込むように寝て、気づけばもう朝です。

朝は起きられず、遅刻をしたこともしばしば。

そんな身を削るような努力と、周囲の助けもあって、1年後ようやくプロジェクトが形になりました。今もその仕組は動き続け、会社に利益をもたらしています。

ミスは大小数え切れないほどしましたし、泥臭いことも何でもやりましたが、あの時は嬉しかったですねぇ。

今、当時を振り返ってみて、なぜそんなことができたか?と考えると、周りの同僚や上司に恵まれたからだと思います。

特に直属の上司は、猿丸さんからの落差もありましたが、きちんと私の話に耳を傾けてくれる方でした。物腰も柔らかく、仕事に対しても人間的にも、圧倒的に大きな器を持った方で、今でもとても尊敬しています。

「ルパン三世」のルパン3世に似ているので、ルパンさんと呼びます。(こちらもルパン三世お好きな方には申し訳ありません・・・あくまでも似ているだけです)

「ルパンさんのもとで働きたい」素直にそう思える方でした。部下に気持ちよく働いてもらうための術を、きちんと身につけられている方でした。

そして、ルパンさんの下では2年間、のびのびと働かせてもらいました。

思えば、このときが私にとって、企業人として一番楽しかった時期ですね。

会社で働いていくことに、何の疑問も持ちませんでした。

このブログを始めるまでの私の道すじ②(社会人:直近の2年間)

ここまで読んで頂いたあなたは、私が順調に社会人としてのキャリアを積んでいると思われたことでしょう。

しかし、転機は訪れます。仕事とプライベート両面において、状況が変わりました。

仕事面で暗雲。上司が変わると状況も変わる

その後から現在に至る2年は、また別の上司に配属が変わります。

こんどの上司は、「クッキングパパ」の荒岩一味さんに似ていますので、荒岩さんと呼ばせていただきます(クッキングパパお好きな方、すみません・・・これが最後ですので、目を瞑ってやって下さい・・)。

荒岩さんは、ルパンさんよりは猿丸さんよりの性格を持った方で、仕事はできるのですが、自分の思い通りに行かないこと、出来ない方に対して容赦がありませんでした。

容赦がない、というのは猿丸さんと同じく「理不尽」と感じるような内容が多く、そのときの機嫌によって決めつけで人を頭ごなしに否定するのです。

怒っている時などは、どんなテーマでもお話になりません。

大抵いつも何事かに対して腹を立てており、電話でも独り言でも、部下や取引先に対して過激な文句を、大きな声で皆に聞こえるように言っています。直属の部下である私は、常に荒岩さんにまず、案件を通さねばならないので、たまったものではありません。

極めつけは、先輩社員に対しては、たとえ職分が下だろうと、すべての言動には目をつむり、自分も一緒になって「なあなあ」になるという豹変ぶりなのです。

理不尽、不条理、矛盾・・これまで社会人として感じてきた様々な不満の中でも、私にとってそれはひときわ大きいものでした。

ルパンさんの下がとても働きやすかっただけに、この変化はこたえました。

つきあう方が変わるだけで、こうも仕事のモチベーションが下がるのか、と思い知りました。

そして同時に、会社にいる限りはこういった「理不尽を常に感じさせる」上司、同僚とも巡り合う可能性が常にあり、それを自分でコントロールできないこと、もしそうなった場合は、自分の中でうまく折り合いをつけるしかないことを痛感し、絶望しました。

結婚と出産。プライベートの激変

そしてこのとき、大学時代から付き合っていた今の妻と結婚します。

長女も生まれ、何もかもがうまくいっているかのように思えました・・・が。

ここから私は、自分の働きかたに疑問を持つようになります。

何故、そう考え始めたのか?それは単純に荒岩さんのもとがすごく働きにくかった、というのもありますが、最も大きいのは「自分のコントロールできる時間が、あまりにも少ない」という事態に直面したからです。

京都での核家族。身寄りもなく、妻と娘と3人きりです。

0歳の育児に奮闘するなかで、自分で言うのもなんですが、そんじょそこらの自称イクメンが引いてしまうくらいに、父親として精力的に育児に参加しました。

出勤は始業に間に合うギリギリの時間まで家に残って掃除、洗濯もの干し。仕事は限界まで効率を改善して定時上がり。帰ったら風呂掃除に晩御飯の支度。翌日の分も作り置きします。娘といっしょに、毎日風呂に入りました。寝かしつけだってします。

パパとして不可能な授乳以外はすべてやりました。もちろん、遊びや飲み会などにも行きません。

それができたのは、「産後で体調が万全でない妻を支えられるのは、この地で私ひとりだけ」という使命感もありましたが、純粋に楽しかったから。

妻と娘と過ごす時間が、自分にとってもっとも重要なものだったから、です。

しかし、そこまでしても、いかんともしがたい事態は出てくるものです。

腰痛で動けない妻を置いて、会社に行かなければならない時がありました。

もっと遊びたがる娘とバイバイして、出張に出かけなければならない時もありました。

会社員を続ける限りは、向こうおよそ35年は、出勤日の固定10時間は会社に捧げる必要があります。

価値観の変化と、自分のこれからの会社員人生

きっかけは、荒岩さんにいてこまされて、やる気を失ったこと。そこに育児が重なり、自分の仕事、これからの人生を展望してみるという行動につながりました。

その結果、見えてきたものとは?

サラリーマンという働き方に対しての疑問

はじめに断っておきますが、私の会社はいわゆる「ブラック企業」ではないと思っています。

週休も2日ありますし、有給だって申請すればもらえます。

福利厚生は手厚いですし、社員の残業時間を減らそうという動きもあります。

しかし、私はこれだけの利点よりも、何よりも「自分の自由にできる時間の絶対量」を増やしたいと考えています。

サラリーマンをしている限り、一週間のうち5日間はどうあっても会社に行かなければなりません。

夫となり、父となって、あたらしい家族が増えるにつれ、「もっと時間が欲しい!」と思うことがどんどん増えていきました。

それは妻のために、娘のために、親のために。自分のためにだって、そうです。

安定した収入や社会的地位を得ることと引き換えに、会社が私に課した制約。

それに加え、私は3人の上司遍歴を経て、自分の働き方やこれからの展望についても思いを巡らせます。

今の会社で働き続けることを想像してみる

もしも、今の会社で働き続けることを選んだなら。

今の勤め先は、大企業ということもありそうそう潰れることはないでしょう。業態もそこまで不安定なものではありません。

典型的な日本企業ですので、リストラされることもないでしょう。順当に働き続ければ、年功序列の根強い社風により、ポストもほぼ問題なく上がっていくはずです。

しかし、私にはそれがどうしても魅力的に思えなくなってきてしまいました。

時間的な制約

私の将来のロールモデルである3人の上司。誰もが優秀で、それぞれに得意とする分野を持っています。

この3人に共通するのは、会社にとって非常に忠実で、献身的に働いていることです。

皆さん家族をお持ちです。ルパンさんなどは私と同じ頃に子どもが生まれ、育児に関する相談を持ちかけられたこともありました。

しかし、猿丸さんもルパンさんも、荒岩さんも・・・会社からなかなか帰ろうとしません。朝7時には出社してきて、夜は21時を過ぎても帰らない。そんなスタイルが定着しているのです。

ひどいときには、休日にも関わらず会社に出てきて、ほとんど一日中、仕事をしています。

しかも、家族と不仲というわけでもないのです。「帰りたい、帰りたい・・」と言いながら、遅くまで仕事をしているのです。

私にはそれが、まったくもって理解できません。

無能な方々ではありません。効率を最大化して、昼休みも働いています。しかしそれでも、振ってくる仕事の量が多すぎて、定時内にさばききれないのです。

さらに、本人たちもそれを疑問に感じておらず、本質的に改善を加えようと思わないようですね。

うちの会社の社風なのかもしれませんが、会社にいた時間が長ければ長いほど、企業人としての評価が上がる傾向にありますので、無理もないのかも知れません。

私はそれが、前時代的と感じてしまいます。

自分がそうなっていくことを考えると、空恐ろしく感じます。

「自分はつねに、定時で上がる仕事をすればいいじゃないか!」とも思いました。でもそれは今の会社では、常に逆風なんですよね。

社の雰囲気を変えるのは容易ではありません。それが長い歴史をもった会社ならなおさらです。

しかも私は、定時IN/OUTしていても時間の不足を感じてしまうのです。

就業規則は私(いち従業員)の力の及ばない領域です。組合を動かすのも膨大な時間と労力がかかり非現実的。あきらめるしかありません。

金銭+α的な制約

あとは、収入面。大体何歳でどれくらいのポストにつき、どれくらいの収入が得られるのか。

時間が一番のポイントですが、経済的な側面を考えておかないわけにはいきません。

今の給料の推移を、上司を基準にした額で考えると、どれだけトントン拍子でいったとしても、私の目標とする年収に到達するのは45歳までかかります。

私は今30歳なので・・・あと、15年。

あと15年です。入社してから6年なので、これをあと二往復半、上で述べたような働き方を続けて、ようやく到達する計算です。

娘が高校生になって、ようやくですね。

私にはこれが我慢なりません。娘が反抗期に入ってしまうではありませんか!

家族のための経済的余裕を手に入れるのに、時間をここまで投資していては、余裕があっても遊ぶことが出来ません!

また、今の会社は全国に事業所があるので、将来的に住みたい場所を自分から選ぶことができません。

色々な場所に行けるというメリットはありますが。。

会社以外の何か別の生き方を、検討する必要があると感じました。

ネットビジネスとの出会い

こんな状況になった私がネットビジネスと出会うのに、時間はかかりませんでした。

ネット上には、それまでの私からしたらとても信じられない、ウソのような話がたくさんあふれていました。

世界を旅する1億円ブロガー、年収5億円コピーライター、年収3千万フリーター・・・数を挙げればきりがありません。

私はそれらの情報をひとつひとつ吟味して、ひとつの結論に達しました。

「ネットという媒体を活用して、努力と工夫次第で大きな収入を現実に得ることは可能」

そこから、ブログ運営によるマネタイズを目指し、活動を始めました。

個人事業主を目指す、というのはどういうことか?

最終的に私が掲げる目標:脱サラは、個人事業主として独立するということに他なりません。

それは、今の会社という大きな樹の下から、何が降ってきても自己責任の世界に足を踏み出すということです。

フリーランスが全ての点において絶対に良い、とは考えていません。

安定した収入は得られませんし、社会的地位も失うでしょう。

サラリーマン+副業が最強、と言われているフリーランスの方もいますね。自分の持っていないものが輝いて見えるのは、人間のサガなのかもしれません。

自分の中でまだ選択肢が少ない分、結論付けるのはまだ早いと考えていますが、私の感覚では私の理想を達成するのに、サラリーマンではダメなのは確実です。

少なくとも、今のまま何もしないでいたら、状況はいっさい、良化しません。

ならば、足掻くしかありません。

その手段が私の場合は、ブログ運営という方法でした。

スタンス

長くなりましたが、当ブログは、同じような境遇で頑張っているあなたに向けて情報を発信し、私の状況をゼロから伝えることで励みにしてもらうこと、仲間をつくること、自分の備忘録とすることが目的です。

私の状況は以下のとおりです。

・本業があるが、時間的、経済的に不満があるため副業でネットビジネスに参入しようとしている(会社には内緒です)

・転勤族であり、妻と娘を友達のつくりにくい環境にしてしまっていることに、罪悪感を感じている

・最終的な目標は脱サラし、自分の思い通りにできる時間と経済力を両立させること

・主な執筆時間は本業の空き時間、帰宅してからは家族が寝静まってから(家事育児が優先です。家族のための時間を削っては本末転倒です)

ネット上で活躍されている方は眩しい方ばかりです。ときに自分の境遇と比較して、自分の矮小さに気後れしてしまうこともあるでしょう。

私も、ゼロからこういった活動を始めるにあたり、そうした思いにとらわれることも多かったです。しかし私でも、「自分と立場が近い人」「自分よりもちょっと後から来た人」にとって有益な、新しい情報を提供することはできると考えます。

あなたがそうした方ならば、身近に感じてもらえるように私は努力しています。是非、一緒に頑張っていきましょう。

ネットで成功するには、何よりも継続が第一だと考えています。

継続するには、楽しむことと、目標を持つことが不可欠だと思います。

そのために、私の好きな漫画であり、数々の勇気を頂いている「ジョジョの奇妙な冒険」を、引用させていただいています。

そして、継続して「高いクオリティのコンテンツ」を生み出すことも重要です。

荒木飛呂彦さんもこうおっしゃっています。「漫画とは、作者が伝えたい熱い想いを、化身であるキャラクターに投影して表現するもの」だと。

熱い想いを持ってコンテンツの作成を行えば、それは文章のはしばしやひとつひとつのパーツに現れ、熱量となって人を魅了すると考えています。

私も情報発信をするからには、妥協せずコンテンツをつくりこみ、濃いファンを獲得していけるように精進していきたいと思っています。

あなたが私の想いに共感してくれるのであれば、一緒に切磋琢磨して頑張っていきましょう。

最後に、私の好きなジョルノさんの台詞を引用して「質問」させていただきます。

「あなた・・・『覚悟して来てる人』・・・ですよね」

「人生を『変え』ようとするって事は逆に『(自分の時間が)始末』されるかもしれないという危険を 常に『覚悟して来ている人』ってわけですよね・・・」

引用元:ジョジョの奇妙な冒険第五部「ブチャラティが来る その④」

やると言ったらやる『スゴ味』を見せつけてやりましょう・・

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